「源氏物語 若菜下」(紫式部)

いわゆる「第二世代」の苦悩は深刻です

「源氏物語 若菜下」(紫式部)
(阿部秋生校訂)小学館

重病の紫の上の転地療養のため、
源氏は彼女を二条院へと移し、
看病に当たる。
女三の宮を諦めきれない柏木は、
小侍従の手引きにより
強引に関係を結ぶ。
罪の意識に恐怖する
柏木と女三の宮、
そしてその事実を知った
源氏も苦悩し…。

源氏物語第三十五帖「若菜下」。
これまでの雅な雰囲気が一掃され、
登場人物はみな苦悩します。
中でも柏木と女三の宮の若い二人、
いわゆる「第二世代」の苦悩は深刻です。

柏木は、
これまで目をかけてもらった源氏、
時の権力者である源氏の妻を
寝取ったことで、
罪の意識に苛まれます。
柏木の心中に
共感も同情もできるのですが、
その怯え方は尋常ではありません。
確かに源氏の妻、
それも皇室から迎えた妻を
寝取ったのですから、
同じ不倫でも程度が違います。
しかし、強引に関係を結ぶことなど
平安の世では
珍しいことではなかったはずです。

本帖冒頭に、その鍵が潜ませてあります。
柏木が、女三の宮の座敷の御簾が
開け放たれる原因を作った
彼女の飼い猫を無理矢理借り受け、
その猫の香りから
女三の宮の移り香を
密かに忍んでいる場面があります。
作者・紫式部は、
こうした柏木の異常行動を
展開に挟むことにより、
彼の病的性格を描き出しているのです。

前帖で柏木と夕霧が
青海波を舞う場面がありました。
かつて頭中将と源氏が
その舞を舞った頃と比べ、
二人は決して見劣りせず、むしろ
官職は彼らの方が進んでいることを
登場人物に語らせています。
傍目には父世代よりも
優秀でありながら、
一方は不倫の罪の意識に押しつぶされ、
他方は浮気すらできない。
女性との逢瀬を平然と楽しんでいた
頭中将や源氏と比べ、
なんと線の細い第二世代であろうかと
思わずにはいられません。

悲劇の原因となった
女三の宮も苦悩します。
彼女は柏木との一件で、
女性の置かれている立場を
初めて思い知ったのです。
幼い頃から朱雀院に守られ、
そして今また源氏に保護され、
何一つ不自由なく育った女三の宮。
いかに幼稚であっても、
この事実が何を引き起こすかは
それなりに理解できたのでしょう。

源氏との不義密通の秘密を
墓場まで持って行った藤壺、
不倫が明るみに出ても
堂々と内侍として
朱雀院に仕えた朧月夜、
髭黒大将に犯されても動じずに
正式な手続きの婚姻まで運んで
我が身を守った玉鬘。
こうした強靱な精神を持っている
源氏物語の女性の中で、
女三の宮は
ひときわ虚弱に見えてなりません。

こうした第二世代の人物設定の
上手さが光ります。
「今の若い者は…」という発想は
千年前も一緒だったのでしょう。
源氏晩年の悲劇は、
世代間の精神構造の変化が
遠因だったとも考えられます。

(2020.9.19)

ktnoontea777さんによる写真ACからの写真

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